かつてトヨタヴェルブリッツで選手とレフリーの両方をこなすという挑戦を経験した滑川剛人レフリーが11月、欧州で行われるテストシリーズでワールドラグビーのアポイントを受けて笛を吹く。
担当するのは11月2日のアイルランドのリムリックで行われるマンスター対オールブラックスXV戦、11月16日にエジンバラで行われるスコットランド対ポルトガル戦で、11月9日にはポルトガルのコインブラでポルトガル対アメリカのアシスタントレフリーも務める。
滑川の主審としての国際デビューは2023年11月のホンコン・チャイナ対ドイツ戦で、その後、今年6月にはホンコン・チャイナ対韓国戦、8月にはパシフィックネーションズカップ (PNC) 2024のサモア対トンガ戦を担当した。今回の欧州でのレフリングは今年7月のU20チャンピオンシップ決勝で主審を務めて以来で、シニアカテゴリーでは初の欧州でのアポイントメントとなる。
選手時代から「大きな舞台はワクワクする」という滑川は、今回のステージで新たな側面を追求して自分のレフリングの引き出しを増やしたいと考えている。
2022年5月にトヨタで選手を引退するまで、東京生まれの34歳は国内トップレベルで10シーズンを戦った。その選手としての経験を背景に、レフリーとしては選手とのコミュニケーションを多く取るスタイルで知られていた。だがPNCでの経験を経て、新たな考えを抱いている。
「話せば話すほどマネジメントはできるし、反則は少なくなる。でも騒がしい。必要なことだけを話す。それが試合の慌ただしさをなくすことにつながると思う」と滑川。
「例えば、U20や大学生には話した方がいいと思うし、高校生はもっと、中学生ならさらに話して試合で注意した方がいい。でもレベルが上がるにつれて、話さない方が適している」と、年代やカテゴリーに応じた対応が必要と指摘する。
小さくないスタイルの軌道修正だが、「僕の性格上、話すのは楽。話さない方が大変だが、1つの引き出しとして加えたい」と意気込んでいる。
選手からレフリーへ
滑川は10歳でラグビーに出会った。野球ファンだった小学校4年の時、学校の野球クラブに入ろうとしたが定員の都合で入れず、代わりに担任が勧めたのがラグビークラブだった。野球より動きが多く、体を動かすことが好きだった滑川は、すぐにラグビーに夢中になった。だが、将来レフリーになるとは「1ミリも思っていなかった」と笑う。
選手として順調に歩みを進め、高校日本代表やU20日本代表に選出され、スタンドオフからスクラムハーフに転向した帝京大学では全国選手権で3連覇を達成した。2012年に加入した当時トップリーグのトヨタでは2015年にキャプテンも務め、2018年リーグカップ優勝、2021年トップリーグプレーオフ4強入りを経験。選手生活の半ばからは引退後にコーチになることを考えて、トヨタが拠点とする愛知県の高校でコーチも務めていた。
ところが、2019年に状況が変わる。
滑川は、所属するトヨタから日本ラグビーフットボール協会のレフリー発掘育成プログラムへの参加を打診された。国際舞台でマッチオフィシャルとして活躍できるタレントの発掘と育成を目指して、立ち上げられたものだった。
選手にこだわりがあった滑川は当初は断っていたが、試合への出場機会が減っていたこともあって「ラグビーに関わっていたい」と参加を承諾。2019年12月、現役トップリーガー第1号としての滑川のプログラム参加をトヨタが発表し、彼の新たな挑戦が始まった。
ちなみに、同プログラムで選手からレフリーに転身した同僚には、元女子日本代表の桑井亜乃がいる。桑井は今夏のパリオリンピックの審判団に選出された。
滑川は2021年に日本協会の審判A級ライセンスを取得。一方で、トヨタが迎えた新監督の下でリザーブが多いもののプレー機会が増え、2021シーズンは10試合中9試合に出場。レフリーと選手という“二刀流”のハードなシーズンを過ごし、2022年1月にスタートしたジャパンリーグワンでも笛を吹くようになった。
目指すスタイルと2027 RWC
レフリーとしてのキャリアの短さを補うべく、滑川は一つ一つの機会からできるだけ多くを吸収して、自分の引き出しを増やすことに腐心している。
「僕はレフリーとしての期間がまだ3~4年と短い。今までリーグワンで吹いているレフリーよりも知識も経験も圧倒的に劣っている。それをカバーするためには引き出しを増やすことしかないと思っている。今、いろいろな経験を指せてもらっている中で、それを増やしていきたい」と語る。
今夏のU20チャンピオンシップなど海外の大会でマッチオフィシャルを務めたことで、他国のレフリー仲間もできた。選手時代にはなかった交流で、彼らから学べることは多い。早くからレフリーの道を歩んできた日本協会の古瀬健樹レフリーも含めて、滑川が「刺激を受けている」という存在だ。
では、滑川が目指しているのはどんなレフリーなのか。
「試合や会場、天候、観客数などによってぶれることなく、どんな時でも全て正しい判定ができる。グレーゾーンも含めて」と言い、「必要な時にしか話さない」ことを加えた。
念頭にあるのはニュージーランド国際レフリーのポール・ウィリアムズ氏だ。沈着冷静で落ち着きがあり、洞察力に優れ、言葉数は多くなくても円滑に試合を進めることができる存在だと滑川は言う。
レベルアップに努める先に、滑川には見据えている目標がある。
「2027年ラグビーワールドカップで笛を吹くこと。可能性はすごく少ないが、今はまだ見えていると思っているので、1パーセント、0.1パーセントでも可能性がある限りは努力を続ける」と宣言する。
3人の子どもの父親で家族との時間をこよなく愛する滑川が挑んでいるチャレンジは簡単ではないが、その歩みは力強い。心にあるのは帝京大学ラグビー部の恩師、岩出雅之元監督の言葉だ。
「頑張った、良かったなと思うことがあっても、岩出さんは常に『それを一番だと思うな。そこから上を目指せ』と言う。それが僕の頭の中にはある。それをやっていれば常に上向くと思っている」